僕がこの4月に「大逆事件異聞――大正霊戦記――沖野岩三郎伝」
という、ちょっと渋い人物評伝を出版したことを知っている方は多いと思います。
もうすでに読んだ人もおられるでしょうが、
別にガンの闘病本ではなく、これまで触れることはタブーとされてきた、
近代日本史に隠されている縦断面を解明した、いわば秘史本です。
皆さんも学校でちょっとは習った覚えがあるでしょうが、
いまから100年ほどまえに、当時の進歩思想であった
社会主義、無政府主義思想の天才的論客・
幸徳秋水以下12名が不敬罪で絞首刑とさるという、
日本全土を恐怖の渦に巻き込んだ
「天皇暗殺未遂・大逆事件」が起こりました。
「大正霊戦記―大逆事件異聞 沖野岩三郎伝」という本は、
この「でっちあげ事件」の真相や、
「冤罪裁判」「国策捜査」の疑惑を、
軍閥政府の厳しい弾圧下で唯一人、筆戦と舌戦を持って告発し続け、
反戦、自由、平等を訴え続けた
大正期の稀有な一人の作家の物語なのです。
人権と平等が声高に叫ばれ、
「裁判員制度」までが施行の運びなっているいま――、
「人のいのち」や「個人の魂」までも踏みにじった100年前の事件の真相に、
オールド左翼といった世代のみならず、
あらたに「格差なき社会」を糾弾する若い世代からも
共感(エンパシー)を得たようで、
こんな売れそうもない渋い本でしたが、お蔭さまで「増刷」が決まったのです。
有り難いことに「毎日新聞」「南紀州新聞」「週刊ポスト」「週刊金曜日」「SAPIO」など
各紙誌の書評欄でも高評を頂きました。
出版取次大手トーハンの
「6月・総合売れ筋ランキング」でも60位に入っておりましたから、
心ある読者はまだまだ多いのだなあと、僕も改めて感動したわけです。
じつは、この主人公で大正期を風靡したクリスチャン作家の沖野岩三郎は
僕の母方の祖父でして、奇跡的に事件の逮捕を免れて、
告発作家として文壇にデビューした稀有な人物なのですが、
僕自身、もしガンが悪化したら、こうした知られざる歴史の真相を
後世に伝えるチャンスを失うだろうという気持ちもありまして、
事件100年を記念したわけではありませんでしたが,
いまの若い人たちにも分かりやすく読めるように心して書いたものです。
ぜひ読んでおいて貰いたいと思っています。
もう、100年前を語れる人はいませんし、
僕自身、祖父や両親から伝えられた事実や資料を
語り継いでいかなければならない
いい年恰好になってしまいましたから、
10年がかりで用意していた下原稿や膨大な資料を整理して、
半年間で急遽、書き下ろしたわけです。
すでに大逆事件の本はいろいろ労作、名著が出ていますし、
これからも事件100年を記念して多くの本が出るでしょう。
しかし、政治史、社会運動史、そして文学史、思想史、言論史の側面から
「でっちあげ事件」を告発するものが多いわけで、
こんどの「大逆事件異聞――大正霊戦記――沖野岩三郎伝」は
ちょっと視点を変えて臨みました。
題名を『大正霊戦記』と決めましたから、
なにやら事件の最中に、おばけや妖怪変化の出てくる
オカルト評伝と勘違いされるかもしれませんが、そうではありません。
歴史真相解明の記号論風にいいますと、
「メスメリズム」(国権催眠術主義)と
「シネルギズム」(協働神化論)という、
ふたつの「いのち」のキーワードを使って、真相を解き明かすべく構成しました。
たしかに事件は近代社会運動史を画する凄惨な出来事ですが
それに関わって絞首刑となった幸徳秋水や大石誠之助ら、
さらに、その真実をペンで告発し続けた、この本の主人公で
作家の沖野岩三郎たちが胸に秘めた、
「こころの自由国建設」という「魂の高揚」を見逃してはなりません。
ここが本書のポイントです。
それこそ、いまの時代に語り継がれ、
これからの世代が新たな社会システムを構築して行く中で、
忘れてはならない大切なキーワードだと思っています。
ま、読書に屁理屈は禁物です。
明治、大正、昭和の近代史の底流に流れる、日本と日本人特有の
「魂の葛藤」を描いた「いのちの歴史活劇」と思って読んでみてください。